札幌地方裁判所 平成4年(人)3号 判決 1993年5月20日
請求者
甲野太郎
右代理人弁護士
馬場政道
同
河合早苗
拘束者
甲野花子
右代理人弁護士
斎藤陽子
同
坂原正治
被拘束者
甲野真由美
右国選代理人弁護士
村岡啓一
主文
一 被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。
二 手続費用は拘束者の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨。
第二事案の概要
一事案の要旨
本件は、別居中の夫婦の妻から夫に対し、夫が別居に際し伴って行った長女について人身保護請求がなされ、その棄却判決が確定したにもかかわらず、妻がこれを実力で奪還したことから、今度は夫から妻に対し長女について人身保護請求の申立てがなされたものである。
二争いのない事実及び疎明資料により一応認められる事実経過
1 当事者の身分関係
請求者(昭和三四年二月五日生まれ)と拘束者(昭和三七年一月二日生まれ)は、昭和六二年五月一日に婚姻した。
被拘束者(以下「真由美」ともいう。)は昭和六三年八月一二日に請求者と拘束者との間の長女として、一郎は平成二年三月二〇日にその長男として、それぞれ生まれた。
2 本件拘束までの経緯
(一) 千葉地方裁判所平成三年人第二号人身保護請求事件(以下「前請求事件」という。)までの経緯
請求者は、大学(経済学部)を卒業した後佐藤製薬株式会社(以下「佐藤製薬」という。)に就職し、札幌支店で勤務していた間に、乙野次郎(拘束者の父、以下「次郎」という。)が経営する有限会社乙野自動車工業(以下「乙野自動車工業」という。)の事務員をしていた拘束者と婚姻して、次郎及びその妻乙野春子(以下「春子」という。)と同居した。
請求者は、婚姻後も佐藤製薬に勤務していたが、平成二年二月一七日東京都内にある本社への転勤の内示を受けたことなどから、同年三月、佐藤製薬を退職し、乙野自動車工業で働き始めた。請求者は、乙野自動車工業では、専ら経営面に携わり経営者としての技能を習得したいと考えていたところ、実際には、次郎から充分な指導のないまま、タイヤの交換や自動車整備等の作業に従事させられ、これが肉体的にも辛いものであったとして仕事に対する意欲をなくしてしまい、家庭内においても、拘束者、次郎及び春子らからは根気がないと批判されるなどしたため、次第に不満を募らせ孤立感を深めた。そのため、請求者は、同年七月ころ、拘束者に対しその両親と別居したいとの提案をしたが、拘束者からはこれを拒まれたりして、ますます拘束者との意志疎通を欠くようになった(<書証番号略>請求者本人)。
請求者は、同年一〇月一四日に千葉の実家で法事があることもあって、しばらく実家に戻ることにし、せめて真由美とは一緒に行きたいとの思いで、拘束者や真由美には請求者の両親が真由美に会いたがっていると説明し、同年九月二二日真由美とともに千葉の実家に行き、そのまま札幌には戻らなかった。その後、請求者と拘束者とは、請求者がその実家で真由美と共に暮らし、拘束者がその実家で一郎と共に暮らすという形で、別居状態が続いた(<書証番号略>)。
拘束者は、平成二年一〇月一四日、右法事の機会に千葉の請求者の実家に赴き被拘束者の奪還を試みたものの失敗し、同年一〇月二六日、離婚及び親権者を拘束者に指定するよう求めて千葉家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てた。しかし、拘束者は、その調停手続中の平成三年一月三一日にも真由美の奪還を試みたが奏功しなかった。また、拘束者の申立てによる調停も、同年二月四日に不成立により終了したため、真由美との接触は一切断たれたままであった。そこで、請求者は、同年三月二六日、千葉地方裁判所に対し人身保護請求事件(前請求事件)を提起したが、同年一〇月二一日に請求棄却の判決を受け、これを不服として最高裁判所に上告したものの、同年一二月一三日上告も棄却され、判決は確定するに至った(<書証番号略>)。
(二) 前請求事件判決の確定後本件拘束までの経緯について
しかし、拘束者は、判決確定後もこれに納得せず、なおも平成四年四月二六日、母春子とともに真由美を実力で奪取しようとして請求者には何の連絡もしないで請求者の実家を訪れたが、請求者の母甲野冬子(以下「冬子」という。)と揉み合った挙げ句に同女らに阻止され目的を遂げることができなかった(<書証番号略>、証人甲野冬子、拘束者本人)。
3 本件拘束行為及びその後の事情
拘束者は、真由美の登園途中であれば真由美に会うことができると考え、平成四年一二月七日午前九時一〇分ころ、自動車で請求者の実家へ向かったところ、同所付近で冬子が真由美を連れて近くの幼稚園へ行こうとしているのを認め、春子とともに自動車から降りて冬子らに近づき、いきなり真由美を抱き上げて自動車まで走って戻り、同児を乗せて発進させようとした。冬子が助けを求めつつ同車へ近付こうとしたので、春子が冬子の背後から羽交い締めにしてこれを実力で阻止し、冬子と春子は揉み合いとなった。近所の者二人がかりでようやく春子を冬子から引き離したが、その間に拘束者は被拘束者を自動車に乗せて発進し、そのまま自動車等で札幌に連れ帰り、現在まで現住居地において真由美の監護を継続している(<書証番号略>、証人甲野冬子、請求者、拘束者本人)。
その後間もない平成四年一二月一五日、拘束者は当庁に請求者との離婚を求める訴えを提起し、その中で真由美及び一郎の親権者を拘束者と定めることを求め、これが当庁に係属中(平成四年(タ)第一一九号離婚等請求事件、以下「別件離婚訴訟」という。)である(<書証番号略>)。
4 真由美の養育環境
(一) 拘束者側の監護環境
拘束者は現在肩書地の工場兼住宅に両親及び真由美ら子供と居住しているが、住宅は三階にあり、拘束者も事務員として勤務している乙野自動車工業の事務所は同一建物の一階にある。拘束者は、主に真由美と一郎の養育監護に当たっており、事務を手伝うときも育児に支障のないように住宅の方で行うなどしている。拘束者は、乙野自動車工業から給与を得ているほか、両親と同居しているため経済的には困窮していない(<書証番号略>)。
(二) 請求者側の監護環境
請求者は、その肩書住所においてその両親、妹とともに、父と妹所有名義の住宅地に所在する一戸建住宅に居住し、東京都内の大手企業に再就職して東京本社に通勤しており、一応経済的には安定している。また、請求者の勤務中等は、主として、冬子が被拘束者の養育監護に当たっていたが、冬子は、ベビーシッターとして一七年間の経験を有しており、現在は専業主婦である(<書証番号略>)。
三争点
1 本件拘束の違法性、違法の顕著性
〔請求者の主張〕
(一) 本件拘束は、被拘束者である真由美に対して大きな心理的負担を与えるものであって、その違法性は強い。
真由美は二歳一か月の時から拘束者の本件拘束行為によって札幌に連れ去られる(四歳五か月)までの間、特に幼児の成育に大きな影響を与えるとされる三歳前後の時期に、千葉の請求者方で請求者、祖父の甲野一、祖母の冬子らと生活をともにし、請求者宅近くにある真砂白百合幼稚園に入園して集団生活にも慣れ、毎日元気に幼稚園生活を楽しんでいた。
真由美は、この間拘束者と接触したこともなく、本件拘束当時、真由美には拘束者との札幌での生活の記憶はないに等しい状況だったのであるから、本件拘束行為は通常の幼児の生活では一生涯あり得ないような異常な体験である。このような異常な体験が真由美に対して与えた心理的負担には計り知れないものがある。
(二) 本件拘束行為は、拘束者が前記確定判決を無視して実力で自己の欲求を実現しようとしたものであり、その方法も危険極まりないものであって、違法性は極めて大きい。
拘束者は、真由美の登園路で待ち伏せをし、実力で真由美を奪ったものであって、拘束者が三回にわたり同様の奪取未遂事件を繰り返していたことなどに照らしても、親子の情に基づく単なる偶発的行動ではなく、計画的な行動であったことは明らかである。
(三) 請求者は経済的に安定しているうえ、母である冬子は、ベビーシッターとして豊富な経験を有しており、請求者側の監護環境は良好である。
これに対し、拘束者のもとでの真由美の現在の監護環境は、必ずしも良いものではない。
すなわち、拘束者は、独断専行的な性格の持ち主であり、本件拘束行為からみても明らかなように遵法精神及び関係者の身体的安全に対する最低限の配慮にも乏しい人物である。また、拘束者は、本件拘束行為により真由美に対し異常な体験及び刺激を加え、未成熟の子である真由美の心に深い傷を与えているにもかかわらず、反省するところがない。その両親にも拘束者の行動を是正する姿勢も見られない。拘束者らは、子供の監護者としての適格がない。
(四) 前請求事件に対する確定判決によって、請求者(前請求事件においては拘束者)から真由美を釈放し、拘束者(前請求事件においては請求者)に引き渡すべき請求権の不存在が既判力で確定されたから、本件において、真由美を養育している旨拘束者が主張することは、既判力に抵触し、許されない。
そうではないとしても、本件拘束は拘束者が確定判決を無視して行った違法な自力救済であって、これを正当化する拘束者の本件における主張は、信義則に反し許されない。
〔拘束者の主張〕
(一) 拘束者は、平成四年一二月七日、真由美と面会したい一心、あるいは請求者と話し合うため千葉市の実家を訪ねたところ、真由美を前にして母親としての心情にかられ、思わず真由美を札幌に連れ帰ったものであって、計画的なものではないし、右に当たり暴力を振るうなどのことはしていない。したがって、本件拘束行為はその動機においても態様においても違法なものと言うことはできない。
(二) 拘束者のもとにおける監護が顕著な違法性を有する拘束に当たるか否かは、真由美にとって拘束者と請求者のいずれに監護養育されるのが、より幸福であり、その成長に適切であるかによって決せられるべきであって、次のような事情に照らすと真由美は拘束者により監護養育されるのが相当であるから、拘束者のもとで監護を受けている現在の状況に違法性はない。
(1) 請求者による奪取行為
拘束者が本件拘束行為に及ばざるを得なかったのは、そもそも、請求者が平成二年九月二二日実家の法事に連れて行くと称して拘束者を偽罔し、真由美を奪取し、その後も生活状況や再就職等について拘束者に知らせることもなく、拘束者と真由美との面会を断ち、話合いのため請求者方を訪れた拘束者を冬子とともに暴力を用いて拒絶し、真由美を拘束していたことによるものである。
拘束者が真由美を自己の監護下に置いた行為は、子を意思に反してだまし取られた母親としての純粋な愛情、不安と怒りの発露であり、子との交渉を断たれた母親の心情を考えれば、その原因を作出した請求者にこれを責める資格はない。
(2) 請求者側の監護環境
請求者は、通勤に一時間余を要する東京都内の会社に通勤しているとともに、親への依存心が強く、自立性に欠け、性格が脆弱である反面、頑迷であるため、その育児能力には多大な疑問がある。また、冬子は満五九歳であって、年齢的に将来に不安定な要因を抱えているため、その養育に多くを期待することはできない。冬子は、性格的にも自己中心的で事態を冷静に見つめることができず、ベビーシッターとしての経験を有するとしても、実の母親による養育よりも優れた監護者とは言えない。
真由美は、請求者のもとで養育されていたときは、幼稚園でしばしば嘔吐するなど、幼な心に緊張を強いられていた。
また、請求者は、真由美を千葉の実家に拘束していた間、拘束者及び一郎に対する生活費の仕送りもせず、拘束者及び一郎(当時六か月)を実質的に置き去りにした状態であったこと、本件審理中請求者らが当庁で真由美と面接するたびに真由美に対してのみ玩具、菓子などを手渡し、同じ子であり孫である一郎に対しては酷く冷淡で、一郎もそのために傷ついていることなどからしても、請求者の子に対する愛情には疑問があると言わざるを得ず、到底真由美を広い愛情と温かい心をもって育てることはできない。
(3) 拘束者側の監護環境
① 真由美は、拘束者が連れ帰った後、驚く程早く拘束者方の環境に順応し、拘束者や一郎、拘束者の家族にも馴染んでいる。真由美は、特に拘束者を深く慕い、一郎と行動をともにしながら、遊びや学習に積極的に取り組み、拘束者の監護養育を受け入れ、周囲の愛情に恵まれて子どもらしく伸び伸びと生活しており、心身ともに安定した状態にある。
② 拘束者は、勤務体制及び住環境が整備されたため自ら真由美の監護に専念することができる。
拘束者は、前請求事件の判決確定後、事務所での仕事を春子に任せ、空き時間に事務を行うことにし、専ら育児に専念するようにした。また、拘束者方のビルは次郎の所有であることから、現時点で真由美や一郎が遊ぶためのスペースも十分にあり、また二階部分について将来真由美らのために部屋を造作できる態勢になっている。
また、拘束者は、乙野自動車工業から一か月一三万円の給与を得ているが、月五万円を春子に渡すだけで家賃、光熱費、食費等はかからない。また、次郎らからの援助も見込まれ、当面の経済的な不安はない。
次郎は今日まで特に経済的側面で、春子は真由美及び一郎の監護の面で、拘束者に対し多大な援助を与えて来ており、両名ともに今後も物心両面にわたる援助を継続する旨約束している。
③ 拘束者の監護能力は、真由美や一郎に対する今日までの監護実績からも明らかであるし、今後も一貫して自らその監護に当たりたいと考えている。
④ 真由美は一郎との兄弟仲も良く、可能な限り兄弟を一緒に育てるのが子の幸福に沿うものである。
(4) 真由美の意思
真由美は、拘束者の側にいたいと願っており、子の幸福を考える場合、真由美が幼いという理由のみでこれを無視することは許されない。
(三) 別件離婚訴訟との関係
別件離婚訴訟は現に継続中であって、真由美を含む二人の子の親権者は未だ指定されていないが、真由美は、未だ心理的にも固定化していない幼児期にあり、その成育には母親の愛情及び監護が父親のそれにもまして不可欠であるから、離婚に際してはその親権者は母親である拘束者とし、兄弟関係の重要性に鑑み弟とともに拘束者のもとで養育されることが同人の福祉に適うものと言うべきである。さらに、拘束者側と請求者側との監護態勢を対比すると拘束者が親権者に指定される可能性が極めて高いのであって、人身保護手続においても、離婚訴訟における親権者決定についての見込みは十分に斟酌されるべきであるし、またそもそも近い将来において親権者決定を含めた判決が見込まれる以上、その結論において親権者の指定がいずれになるとしても現時点で真由美の現状を変更すべきではない。
(四) 真由美の生活の安定
真由美は、母親である拘束者の愛情を必要としている。本件において、拘束者のもとでの監護開始からの期間が、他の事例に比して格別短いとはいえず、千葉における生活よりも安定している。
2 他の救済方法の欠如の明白性
四被拘束者(真由美)の国選代理人の意見
真由美は、現在の拘束者及び一郎との家庭生活に満足し、そこに幸福を見い出しており、その生活の変化を望んでいない。
真由美の立場からみた「子の幸福」が自らの生活関係の安定にある以上、これを尊重した判断がなされることを期待する。
第三争点に対する判断
一本件拘束の違法性、違法の顕著性
1 前記のとおり、拘束者は、前請求事件において敗訴の判決を受け、これが確定したにもかかわらず、納得せず、右判決を無視して真由美を実力で奪還したものである。また、奪還行為の態様をみても、幼稚園へ送って行く途中の冬子からいきなり真由美を奪取し、真由美を抱きかかえて乗用車に乗せ、これを阻止しようとした冬子を拘束者と行動をともにしていた春子が実力で阻止して同女と揉み合いになるなどし、そのまま真由美を千葉県から北海道まで連れて行ってしまったというものであり、真由美に大きな心理的衝撃を与え、その環境を一方的に激変させたのはもちろん、真由美及び冬子の身体・健康に危険を生ずるおそれさえも大きいものであったと言わざるを得ない。
したがって、このような拘束者による奪還行為とこれに引き続く真由美の拘束状態は、真由美の請求者のもとにおける監護が著しく劣悪であって、その即時の奪還を許すほかなく、あるいは現在請求者に真由美を引き渡すことが真由美の幸福に明らかに反するなど、特段の事情のない限り、違法であり、かつその違法性は顕著であると言わなければならない。
2 そして、本件では、奪取行為のわずか一年二か月ほど前の前請求事件の一審判決において、請求者と拘束者の監護態勢を比較検討もした上、請求者による真由美の拘束に違法の顕著性は認められないとされている。既に認定した請求者のもとでの真由美の養育環境及び本件経緯を見ても、これと異なる判断をすべき理由は認められない。拘束者は、請求者側の監護環境等について論難する一方拘束者側の監護環境等は良好であって、請求者側に勝ると主張しており、確かに、拘束者側の監護環境は、拘束者の勤務態様の変化や両親の協力等の点で従前より改善されており、大きな問題はないようにも一応考えられる。しかし、請求者側の監護環境についても、前請求事件における認定を変更すべき的確な証拠は見当たらない。拘束者の自力による奪還を是認するような緊急の必要性が生じていたとも認められないし、現在、真由美を請求者に戻すことがその幸福に明らかに反するといった重大な事情も認められない。
また、拘束者は、真由美自身がその意思として拘束者のもとでの監護を希望している旨強調する如くであるが、真由美はまだ四歳の幼児であって、自己の置かれた状況等を前提として一応の判断をなし得るような意思能力を有しないことは明らかである。したがって、右希望の表明をもって、子の幸福を判断する上での一つの要素と考える余地はないというべきである。
また、拘束者の立場からみれば、請求者にも、真由美を千葉へ連れて行くに際し、拘束者に対して札幌へ戻らないことを前提とした説明をしなかったなど適切さを欠く行動があり、その後の経緯に鑑みると、幼い子との交渉を突然に絶たれた母親の心情は理解に難くない。しかし、子の養育監護については、家庭裁判所における調停、審判手続や通常裁判所における離婚訴訟手続等によって解決を図ることもでき、法治国家として、右心情によって本件のような自力救済を正当化することはできない。
したがって、本件拘束は違法であって、その違法性は顕著であると言うほかない。
3 なお、現在、請求者と拘束者間の離婚訴訟が当庁に係属中であり、真由美の監護者は最終的には右訴訟手続やその後の家庭裁判所における手続によって定められるべきものであること、真由美は今日までの子供の取り合いの争いによって既に相当な心理的負担を負っているものと考えられること、真由美自身も現在は現在の生活状況に一応馴染んでいることが窺われることなどの状況に鑑みると、最終的な監護権者が定まっていない現段階において再び真由美を法律手続によって請求者のもとに移し、その生活環境を変えることについては、それ自体だけをみると、好ましくないと考えられる要素がある。
しかし、真由美は請求者のもとで、二年三か月余り暮らしていたものであり、拘束者は、これを連れ去ってから現在まで約五か月間、それも本件請求の審理等に要した期間、真由美の監護を継続しているに過ぎない。また、このような事例においても、最終的な親権の帰属の判断を待たずに、実力をもって子を自己の拘束下に置こうとする行為は決して一般的と言えるものではなく、本件拘束行為はその経緯、態様に照らし、真由美に与える心理的負担、関係当事者の身体の安全、法的安定性等の点から極めて違法性の強いものであると言わざるを得ない。そうすると、拘束者及び請求者が双方の任意の意思で真由美の当面の監護方法を自ら定めることができない以上、右事情を考慮してもなお、現在の違法な拘束を放置することはできない。
二他の救済方法の欠如の明白性
人身保護請求は、他に救済の目的を達するのに適当な方法がある場合には、その方法によって相当の期間内に救済の目的を達することができないことが明白でなければ、これをなすことができない(人身保護規則四条)。
一般に、子の引渡請求事案において、家事審判法上の、あるいはその他の手段により救済を求める方法によっては、人身保護法によるほど迅速かつ効果的に子(被拘束者)の救済の目的を達することができないことは明白であり、本件においても人身保護請求以外の方法によっては相当の期間内に真由美の救済の目的を達することはできないことは明白であると認められる。
三なお、前請求事件についての前記確定判決は、本件請求者による真由美の拘束の違法性について判断をしたものであって、本件とは事案を異にするし、拘束者が、本件において、真由美を養育していることなどの主張をすることが信義則に照らし許されないとまでは言えない。
第四結論
以上の次第であるから、本件拘束には「顕著な違法性」があり、人身保護請求以外の方法によっては救済の目的を達することはできないことが明らかであって、本件請求は理由があるから、被拘束者(真由美)を釈放してこれを請求者に引き渡すことを命じ、手続費用の負担について人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大出晃之 裁判官菅野博之 裁判官手嶋あさみ)